概要
原子炉、発電用ボイラー、化学製造システムなど多くの工業プロセスで、非常に高い除熱特性を有する沸騰冷却が汎用性の高い冷却技術として利用されている。しかしながら沸騰現象を利用して冷却を行うこの気液二相流による冷却ダイナミクスには限界熱流束(Critical Heat Flux:CHF)が出現するという課題が存在する。従来の物理モデルではCHF問題には十分には対応できておらず、近年、機械学習を活用した予測性能向上を図る試みが活発に行われている。
参照:Critical Heat Fluxとは
沸騰冷却における最大の問題はCHFによって生じる除熱限界が存在するということである。CHF に達すると核沸騰から遷移沸騰へと瞬時に移行し、伝熱面における熱伝達係数(HTC)が急激に低下することに伴い伝熱面温度の急上昇、いわゆるバーンアウト(発熱体の溶融・破損)が発生する。伝熱面温度の急上昇はプラント・機器の健全性に大きな影響を及ぼすため、これらのプラント・機器設計や安全性解析において、沸騰を伴う伝熱面の最大熱負荷(限界熱流束、CHF)を正確に予測することは極めて重要である。
CHFを発生させるメカニズムには(1)ドライアウト型と(2)DNB型(Departure from Nucleate Boiling型)2タイプが存在する。
(1)ドライアウト型では、蒸気量が増加することで管壁部に薄液膜が生じ中央を蒸気が流動する領域において液膜が消失する。これは上図で示したCHFのパターンである。
(2)DNB型では、蒸気量は多くない(液流量は十分存在する)条件下で核沸騰から膜沸騰へ遷移する現象である。壁面近傍での気泡群の集中、スラグ気泡などの大気泡周囲の液膜がドライアウトすることによりDNB型のCHFは発生すると考えられている。(上図では”Slug flow”あたりのフェーズで急にCHFが出現するパターン)幾何形状や流動条件が異なる条件下では正確な発生予測が困難あることが大きな問題となっている。
(2)DNB型のCHF予測する物理モデルとして、Groeneveld CHF LUTモデルやLiuモデルなど多数のモデルが提案されているものの確立されたモデルは存在しない。
機械学習と物理モデルを融合したハイブリッドモデルによるDNB型CHF発生条件の予測
参照:Zhao, Xingang (2020), “Data for: On the prediction of critical heat flux using a physics-informed machine learning-aided framework”
入力データ
CHFを発生させた実験で得たデータのうち、DNB型に限定した学習をさせるためにequilibrium qualityの値が0.2以下のものを使用。データ件数は1865件。
- 冷却体の形状: 断面が円形のチューブ、断面が円環(輪)のチューブ、プレート(板状)
- pressure: 冷却水の圧力
- mass flux: 単位時間に単位面積を通過する冷却水の量(kg/m·s²)
- equilibrium quality: 熱平衡状態における蒸気の質量比(気相の質量/(気相の質量+液相の質量)
- heated equivalent diameter: 冷却部の直径 (発熱体と接する面積が等価な円形断面チューブの直径)
- hydraulic equivalent diameter: 冷却部の水力直径(水力が等価な円形断面チューブの直径)
- heated length :冷却部の長さ
- 実験で計測したCHF値
学習モデル
左図では物理モデルはPrior Model f(x)と表記している。
(a) 学習時の処理(上図)
- xは上述の入力データ
- yは実験で計測したCHFの値(正解値)
- 機械学習モデル(ML)が学習するのは物理モデルの予測値ŷpと正解値yの誤差であるε値の予測能力
(b) 予測時の処理(下図)
- コメント
- 物理モデルは数式モデルに拠る演繹解を与えてくれる。言い換えれば「大きな間違いはしないが個別対応は不得意」な手法である。これを機械学習の用語で語れば、Biasエラーは小さいが、Varianceエラーは大きくなる可能性があることを意味する。別の言葉を使えば「AccurateであるがPreciseというわけではない」となる。
- 一方、機械学習モデルは学習データが保有する情報を見落とさない能力に優れているが、過学習(overfitting)に陥ると汎用性に乏しいモデルとなるリスクを持つ手法である。Varianceエラーは小さいが、Biasエラーは物理モデルに比べて大きくなる場合があるということを意味する。
- よって両手法を組み合わせて補完しあうハイブリットモデルは有効である。但し、単に組み合わせれば弱点が消えるというほど単純ではない。
- 上図のハイブリッドモデルでは、物理モデル中心のモデルであり物理モデルのBias性能を維持することに主眼が置かれている。一方、機械学習モデルにとっては入力(x)と物理モデルの特性(欠陥)の関係性を学習せねばならず、その学習はoverfittingまたはundefittingで終わってしまう可能性が高いのではないか。
- 代替案として、上図のように両モデルの組み合わせ形態を人間が事前に決定してしまうstaticなやり方ではなく、組み合わせそのものも最適するアンサンブル手法を使用するほうが良いのかもしれない。
参考:CHF発生リスクを検知するための蒸気クォリティ値の予測
以下は2023年5月 Kaggle Feature Imputation with a Heat Flux Dataset(詳細はこちら)で弊社が行ったXGBRegressorなどを用いた予測結果です。
このプロジェクトでは、CHF発生状態における蒸気の状態を予測する学習モデルを構築しています。これは、前述の”入力データ”におけるequilibrium quality値を予測することを意味します。
- 入力データ:{mass flux、heated equivalent diameter、hydraulic equivalent diameter、heated length 、CHF}
- 予測するターゲットデータ:equilibrium quality
使用した機械学習モデル
- アンサンブルモデル
- XGBRegressor
- LGBMRegressor
- CatBoostRegressor
- アンサンブルの最適化 (各モデル予測値の重み付けを最適化)
- Optunaによるベイズ最適化
Exploratory Data Analysis (EDA)
x_e_outはequilibrium quality
D_e:はheated equivalent diameter
D_hはhydraulic equivalent diameter
特徴量同士が正の相関を持っていれば値は1.0に近くなり、負の相関を持っていれば値は-1.0に近くなる。
特徴量同士に相関がなければ0に近い値となる。
作成したモデルの評価(CHF発生する状態における蒸気クォリティ値を予測)
概ね、予測値と正解値が一致している。
参照
- 限界熱流束の機構論的評価に向けた研究 2019,原子力機構 https://confit.atlas.jp/guide/event-img/aesj2019f/2F_PL04/public/pdf?type=in
- Boiling and quenching heat transfer advancement by nanoscale surface modification https://www.nature.com/articles/s41598-017-06050-0
- Zhao, Xingang (2020), “Data for: On the prediction of critical heat flux using a physics-informed machine learning-aided framework” https://arxiv.org/pdf/1906.11124.pdf
- Zhao, Xingang (2018), “Machine Learning-Based Critical Heat Flux Predictors in Subcooled and Low-Quality Flow Boiling” https://www.osti.gov/servlets/purl/1545239
- 関西大学システム理工学部 2013, 限界熱流束に対する流動様式の影響 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjmf/27/5/27_571/_pdf/-char/ja
- 大阪大学 蒸発管内の流動様式の変化 http://www-thd.mech.eng.osaka-u.ac.jp/Lecture/Netsu2007/Chap1.pdf
- 大阪大学, 2014 軽水型原子力発電プラント炉心における気液二相流動の数値解析モデルに関する研究 https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/50516/27118_Dissertation.pdf
- 大阪大学 蒸気クオリティーと熱平衡クオリティー http://www-thd.mech.eng.osaka-u.ac.jp/Lecture/Applied_Heat_Transfer2001/Introduction_of_Boiling.pdf